共感覚

BS世界のドキュメンタリーで、「共感覚の不思議」という番組を見てたとこ。

共感覚」とは、ようは文字に他のいろんな感覚が結びつく感覚のこと。たとえば「B」という文字に赤色が見える、といった事。数字にも色が見えたり、数をならんだ数字の表として認識したりする、というもの。この感覚、そして言葉の成り立ちについての、海外ドキュメンタリー番組。(確かBBCだったかな…?)

で、この番組を見ながら、微妙に違和感が。

日本語が属する、表意文字においては、文字に他の感覚が結びつくのは普通の事ではないのだろうか?例えば「甘」と書いてあればそれは味覚の「甘い」という事に結びつくし、「危」という文字はそこに何か危険がある、という概念にすぐ結びつく。おまけに日本語は、この意味を持つ表意文字と意味を持たない表音文字を併用するという、非常にややこしい表記法用いてるから、余計に概念と文字が結びつきやすい感じがする。そして日本語教育も、この結びつきを作る事を目標としている訳で。共感覚とは我々が普通に持ち合わせている概念では無かろうか?
また、数をなにかの配列として認識する、というのも、ソロバンやるなら基本の基本。ソロバン玉の「配列」と「配列」同士を足したり引いたりすることで万事計算。

表音文字文化と表意文字文化の違いとか、日本語の言語の成り立ちとかに適当に思いをはせながら昼飯作成。